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雪の夜の音楽

最近ややこしいことがあったが、それも片付き、すっきりとした気持ちで久しぶりにベートーヴェン最晩年の傑作、弦楽四重奏曲第14番を聴いた。しんしんと雪の降る夜にふさわしい、祈りのようなものを感じる曲である。あくまで渋く、侘び寂びの境地ともいえる旋律。

むかし何かで読んだ話だが、フランスの作家マルセル・プルーストは自らの死を意識したとき、当時ヨーロッパ最高といわれたカペー四重奏団を深夜の自宅によんで、ベートーヴェンのこの弦楽四重奏曲を演奏してもらったという。もう体は弱り、ベッドに横たわったままのプルーストはそのあくまでも贅肉を削いだベートーヴェンの精神そのもののように透明な旋律に身をゆだねた。薄暗い彼の部屋の床には、延々と書き継いだ「失われた時を求めて」の原稿が乱雑に散らばっていたという。

その小説は、いまや20世紀文学を代表するといわれる大長編。この終わりなき大河のような小説を書くことに半生を捧げた小説家が、人生の終わり近くの深夜に生演奏でひとり聴きたかった音楽がこの曲だったということに私は深く想いをいたす。
当時も、ヨーロッパには巨万の富を持つ人間はあまたいたとおもう。しかし深夜に超一流の四重奏団を自宅によぶという、ある意味でとんでもなく贅沢なことを敢行した人間はどれほどいただろう。そのような真の快楽を全身で味わった人間が何人いただろうか。

この曲は、ベートーヴェンが最晩年に作曲したものである。この大作曲家は、ピアノソナタ第31番にしても、交響曲第9番にしても、死ぬ間際にとてつもない作品を書いている。人類すべてのための遺産とも呼べる音楽をのこした。耳が聴こえなくなり、余命幾ばくもないということを感じてから音楽世界のエベレストに挑み、爪を立てながら這いつくばってよじ登った。そして、その未踏の頂きに辿りついた。

プルーストお気に入りのカペー四重奏団によるベートーヴェン。SP原盤から復刻したモノラルのCDは、東芝EMIから出ています。すばらしい演奏ですが、ノイズ音の入った3枚組CDです。ノイズが気にならなければ、お薦めの名盤です。


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コメント 2

さくら

クラシック音楽には、ほとんど縁のない生活をしていますが良いお話ですね
死を意識したときに、四重奏団を深夜に呼び至福の音楽に浸る。これこそが贅沢と言うものなのでしょうね

by さくら (2014-02-16 21:49) 

渡辺裕一

カペー四重奏団のCDは、かなりのノイズ音です。
ふつうにこの曲を堪能するなら、スメタナ四重奏団のベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番のCDをお薦めします。これもきわめて名演です。
by 渡辺裕一 (2014-02-16 22:03) 

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